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第10話 友だちの恋①

last update publish date: 2026-07-28 06:02:58

「三日森、ちょっと相談したいことがあるんだ。ここだとなんだし、屋上まで来てくれないか?」

 放課後、そう言って僕の予定を狂わせたのは滝沢だった。

 いつになく真剣な顔した友人を無碍にもできず、僕は月子と話すことをあきらめて、滝沢の後について屋上まで足を運んだ。

 明るく幅の広いモダン建築の階段を上ると両開きのガラス扉が見えてくる。そこを開けばプランターに色とりどりの花が植えられた生徒たちの憩いの場が広がっているのだが……

「暑い……」

「そ、そうだな」

 僕の隣で顔をしかめる滝沢。今は半日授業なので日差しも強く、とても外に出る気がしない。

 とりあえず予定を変更してガラス扉を閉めると、回れ右をして空調の効いた踊り場で話を聞くことにした。ちょうど長イスまで置いてあって雑談するにはちょうどいい。

「それで滝沢、相談ってなんなんだ?」

「う、うん、それなんだが……」

 滝沢はこちらに顔を向けることもなく、なにやら言いにくそうにしている。急かす必要もないので、僕は気長に待つことにした。

 我が校の全館冷暖房完備の謳い文句はダテではなく、こんな屋上の出入り口ですら快適だ。両開きとなったガラス扉の向こうには目映い光に照らし出された屋上が別世界のように広がっているが、こうして眺めている分にはむしろ心地良い。遠くから響くセミの声も、ここでは子守唄のようなものだ。

 壁に視線を移せば大きなボードに様々なポスターやプリントが貼り出されている。中には壁新聞もあって、都市伝説も同然の屋根の上に現れるマッチョ男がどうのこうのというくだらない記事もあった。

 それにも見飽きて、だんだん退屈し始めた頃、ようやく滝沢は口を開いた。

「三日森、お前って月子さんと仲がいいよな」

「……て、またその話かい?」

「いや、そういう意味じゃなくてさ」

「じゃあ、どういう意味?」

「俺よりは仲がいいってことさ」

「まあ……自惚れじゃないなら、友だち程度には思ってもらえてると思うけど」

「実は月子さんに聞いてもらいたいことがあるんだ」

「聞くって、なにを?」

「つき合ってる奴が居るのかどうか」

 意表を突かれて僕は滝沢を見た。

「た、滝沢! 君は、まさか月子のことを――」

「いや、違う!」

 滝沢は慌てて強い口調で否定した。そして視線を逸らして頬を赤らめると、その頬を指先で掻きながらボソリと言った。

「俺が知りたいのは花屋敷さんのことだ」

「花屋敷さん……?」

「月子さんと花屋敷さんは仲がいいだろ? だから、彼女なら花屋敷さんに彼氏がいるかどうかくらいは知ってると思うんだ」

 そこまで言われて、ようやく合点がいった。毎度のことながら僕は察しが悪い。長らく他人に関心がなかったせいかもしれないが、考えてみれば、それでよく僕はこいつの友達面ができたものだ。

 どうせ向こうだって僕のことなんか、学校だけの暇つぶしの相手としか思っていないと決めつけていたけど、そうでないなら僕のほうが、よほど酷いことをしていたことになる。

 もちろん滝沢の内面なんて僕には見えないが、だからこそマイナスの方向に決めつけるのは間違っていたはずだ。

 仮に期待して失望するようなことがあったとしても、それを怖れていては僕にはいつまで経っても本当の友達なんてできやしないだろう。

 それに僕はもう月子を知っている。この世に信頼に値する人間が居ることを知っているんだ。だから僕は今、心からこいつの力になってやりたいと思った。

「わかったよ、滝沢。それぐらいはお安いご用だ」

 僕が告げると滝沢は心底嬉しそうな顔になった。

「サンキュー、三日森! やっぱ、お前は俺の親友だよ」

 親友なんて言われて、それだけで舞い上がれるほどには僕はもう純粋ではない。かつて僕をそう呼んでいたガキどもは揃って僕を裏切った。

 それでも僕はもう一度滝沢を信じようと思う。それができなければ僕はあのガキどもにも負けたままだ。

 決断すると僕は立ち上がって滝沢に言った。

「とりあえず、月子を捜してみるよ。まだ学校に居るかも知れない」

「お、おう。見つからなかったら、また明日でもいいからさ」

「了解」

 答えると僕は階段を一段抜かしで駆け下りて教室へと向かった。

 他に誰も居ない教室で月子はひとり自分の椅子に腰掛けていた。

 僕が入ってきたことにも気づかず、ぼんやりとした視線を窓のほうへと向けている。ひどく遠い眼差しで、その目が何も映していないことは明白だった。

 そこに浮かんでいるのは笑みではなく、悲しみではなく、だからといって無表情でもない。その横顔は見ているものの胸を締めつけるほどに儚げで――とても綺麗だった。

 いったいどうしたというのだろうか? 声をかけるタイミングが見つからない。

 息を呑んで僕は立ち尽くす。その視線の先で月子が、ゆっくりと口を開いた。

「お腹空いたなぁ」

 ぼやくような呟きに僕はずっこけそうになった。そのとき机にぶつかった音が聞こえたのだろう。月子が振り向いて言った。

「あれ、三日森くん? まだ居たんだ」

「あ、ああ」

 こちらを向いた月子の顔は馴染みのある笑顔だ。とりあえず僕が頷くと、彼女は目を細めて、からかうように言ってくる。

「教室でひとり黄昏れる女子のアンニュイな一時ひとときを、こっそり盗み見て、ほくそ笑むなんて、相変わらず卑猥だねえ」

「いや、盗み見てないし、ほくそ笑んでないし、そもそも卑猥ってどういう表現だよ」

 相変わらずの調子に、さっきのはなんだったんだと内心で嘆息しつつも、僕はとりあえず目的を果たすべく彼女の方に近づいた。

「月子、ちょっと聞きたいんだけど」

「なにかしら? いや、待って。君って変な奴だから、きっと変なことを聞いてくるよね。たとえばデリカシーもなく体重は何キロとか?」

「いや、そんなことを聞いてどうすんのさ」

「それはこっちが聞きたいわ」

「そんなこと言われても、聞く気がないのに答えようがないだろ」

「うーん……。じゃあ、スリーサイズのほうか」

「前から思ってたけど、月子って発想が少しエッチだよね」

「なんですと!?」

 月子は目を見開いて心外そうな顔をした。

「だって前にも寝取られ寝取られって」

「君を焚きつけるためでしょ。言うほうだって恥ずかしかったんだから」

 ぷいっと横を向いてしまう。その仕草がかわいらしくて僕は少し笑った。

「ごめんごめん」

「それで、なにを聞きたいの?」

 そっぽを向いたまま横目で聞いてくる。

「花屋敷さんってさ、つき合ってる人とか居るのかな?」

「滝沢くんね」

「え?」

「彼に頼まれて聞きに来たんでしょ」

「なんで判るんだ? やっぱり名探偵なのか」

「普段の彼の態度を見てれば咲良に気があることなんて一目瞭然でしょ」

 何をか言わんやという顔で月子は僕を見た。

「そ、そうなのか……」

 正直言って、僕はついさっき滝沢から聞くまで、そんなことは微塵も思わなかった。そもそも友人の恋路なんてものに関心がなかったのだけど、僕がそうであるように彼らだって恋をするのはあたりまえだ。

 僕が軽い衝撃を受けていると、月子は先ほどの質問に対する答えを渋ることなく返してくる。

「居ないはずよ。もちろん、わたしが知る限りだけど」

「そ、そうか、良かった!」

 僕は礼を言うのも忘れて、滝沢に報告するために踵を返した。

「あっ、ちょっと」

「ごめん、また今度」

 それだけ言って僕は教室を後にした。

 階段を一段抜かしで駆け上がると、踊り場で不安げな顔で待っていた滝沢に声をかける。

「滝沢!」

「み、三日森、どうだった?」

「大丈夫だ。月子が知る限り居ないって」

「そ、そうか!」

 さっきまでの冴えない顔が、途端に花が咲いたように明るいものへと変わる。友達が喜べば僕も嬉しい。そんな当たり前の気持ちを僕は再確認した。

 滝沢は大げさに僕の両手を取って何度も頭を下げてくる。

「ありがとう、三日森!」

 その大げさな態度に僕のほうが恐縮してしまう。

「いや、大したことはしてないから……」

「俺、告白するよ」

「え?」

「明日、花屋敷さんに告白する!」

「そ、そんなに早く?」

 決断の早さに僕は目を丸くした。

「いや、早くはねえよ。一年の時からずっと片想いしてたからさ」

「そ、そうなのか。気づかなかった」

「こんなこと、なかなか人には言えないからなぁ。田中に知られたら、ぜってえおちょくられるし」

「そ、そうかな?」

「けど、お前にはもっと早くに相談しとけばよかったかもな」

「え……」

「とにかく明日。明日だ」

 自分に言い聞かせるように言うと滝沢は表情を引き締めて僕に言う。

「もし俺が尻込みして逃げ出しそうになったら、構わねえからケツを蹴飛ばしてでも、前に進ませてくれ」

 こいつは男だ。僕はそう思った。

 自分はといえば今さら語るまでもない体たらくだというのに。

「わかったよ、滝沢。僕にできることなんて本当にそれぐらいだろうけど応援してるからな」

「ああ。ありがとう、三日森!」

 滝沢のその笑顔を見て、僕はふたりが上手く行くことを心から願った。

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